Research研究

 

植物科学とケミカルバイオロジー

 我々の研究の特色は、植物を題材としたケミカルバイオロジーを進めているところです。植物ケミカルバイオロジーの面白いところは、自分たちの合成した化合物の効果が目に見えることです。植物科学では遺伝学的手法が主として用いられ、様々な形態の変化を示す変異体が取られています。我々は、これと同じ作用、さらには遺伝学では起こせないような作用を起こす化合物の探索を行っています。こうした化合物を用いて、植物の様々な生命機能を明らかにするとともに、植物研究や農業への応用を目指します。

  • 化合物を用いた植物の生殖制御
  • 植物ホルモンシグナルの精密制御
  • 葉緑体が取り壊される仕組みの解明と制御
  • 化合物を用いた植物の生殖制御

     植物科学における課題の1つは、交配にかかる労力と時間です。多くの場合、植物の新しい系統の作成や維持は、タネをとる事が基本となります。これは、実験用の遺伝子組換え植物の作成から、種苗会社で行う販売用品種の製造まで、ほぼ全ての植物に当てはまります。タネをとるためには、交配が必要で、そのためには花を咲かせる必要があります。植物によっては、ここに時間がかかります。特に果樹のような木本植物は、桃栗三年柿八年というように、花が咲くまでの幼若期間の長い種が殆どです。この期間を(例えば3ケ月くらいに)短縮できたら、基礎研究から新品種の創出まで、全ての事が今まで考えられないくらい加速するはずです。しかも、これは化合物で実現する必要があります。幼若期間は植物が成熟し、しっかりとした実をつけるのに本来必要な時間であり、遺伝子操作により早熟にしてしまうと収穫に影響を与える可能性があります。すなわち、研究開発の段階でのみ化合物を投与する事で早咲きにする、まさにケミカルバイオロジーの力が活きる領域と言えます。他にも育種や基礎研究において課題となっていることは多々存在しており、これらを解決する化合物を見つけることで、植物科学全般を加速させることができます。こうした研究は、気候変動に適応した植物を作出し、安定的に食糧を供給するうえで極めて重要です。そういうのも大事ですが、日々のモチベーションはもっと単純です。植物にかけただけで早く花が咲く分子、考えただけでもワクワクしませんか? 数十年に一度しか咲かない竹やリュウゼツランの花がすぐに見られるかもしれません。

    植物ホルモンシグナルの精密制御

     植物は、周囲の状況を感知し、その情報を内外の各所へ伝達することで、環境への応答を起こします。この化学コミュニケーションにおいて、感知した情報を植物全体に伝えるシグナル分子として働くのが植物ホルモンです。これまでに、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシシン酸、エチレン、ブラシノステロイド、ジャスモン酸、ストリゴラクトンなど様々な植物ホルモンが発見され、その役割が明らかにされてきました。一方で、これらの植物ホルモンが働く仕組みを詳細に解析するのは困難であり、未解明な部分が多く残されています。
     この課題を解決するため、我々はBump-Hole法(凸凹法)を用いて植物ホルモンの作用を受容体レベルで制御する新技術を開発しました。凸凹法とは、変異を導入して受容体の構造を改変し、この改変型受容体に結合するリガンドを設計することで、天然型のリガンド–受容体ペアとは独立にシグナル伝達を誘起する人工ペアを作る手法です。

    葉緑体が取り壊される仕組みの解明と制御

     大半の植物は、土壌に張った根から栄養分を吸収し、大気から二酸化炭素を取り込み、太陽光エネルギーを利用した光合成反応でそれらをデンプンやアミノ酸などの有機物に変換、利用することで成長しています。植物の体の中、細胞の中で、実際にこの光合成反応を担っているのが、細胞内小器官(オルガネラ)の葉緑体です。効率的に育つため、また環境変動に適応するため、植物は時に葉緑体を積極的に分解することが知られていました。その実経路は長年未解明でしたが、真核生物の細胞内自己分解システム「オートファジー」の関与が分かり、葉緑体の一部をちぎって運ぶ「部分分解経路」と、強い光などのストレスで壊れた葉緑体を除去する「全分解経路(クロロファジー)」の2種が存在することを見出しました。
     オートファジーが葉緑体分解を担うことは分かりましたが、その仕組みには多くの疑問が残されています。例えば、植物はどうやって分解すべき葉緑体やその一部を認識しているのか?、細胞内では比較的大きな構造体である葉緑体をいかにして分解場の液胞内に運び込んでいるのか?、そのような詳細な仕組みを明らかにする最新の研究として、私たちは、基本的な植物科学の手法と、光るタンパク質を活用する細胞生物学、そして小さな化合物を活用するケミカルバイオロジー、こられを組み合わせた融合研究を進めています。
     また葉緑体分解は作物生産の過程でも起きています。例えば、初秋、水田が黄金色に色づく際には、葉の葉緑体が積極的に分解され、その栄養素がもみを作るために運ばれ再利用されています。そこで私たちは、葉緑体分解を人為的に調節することで作物の収量や品質を改善しようとする取り組みも行っています。葉緑体分解の調整剤を開発していくことで、可食部である実や種子に栄養を効率的に集める、といった新しい技術開発につながることが期待できます。